森迫柔道整骨院

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日本人に必要なキリシタンの知識(無断転載天魔所為)



天正十九(1591)年に、島原の加津佐で刊行されたと言われる。長崎版「どちりな・きりしたん」


 

ドチリイナ(教理)の序

御あるじゼズキリシト(主イヱスキリスト)御在世の間、御弟子達に教え置き給ふ事の内に、取り分け教え給ふ事は汝らに教えける如く、一切人間に後生を扶かる道の眞の掟を広めよとの御事なり。

キリスト


これ即ち学者達の宣ふ如く、三の事に極まるなり。

一には、信じ奉るべき事。
二には、頼もしく存じ奉るべき事。
三には、身持ちを以て勤むべき事。是なり。

信じ奉るべき事とは、ヒイデス(信心)の善に当たる事なり。これ人間の分別に及ばぬ事なり。これらの事を弁えずんば、後生の道に迷う事多かるべし。

頼もしく思う事とは、ヱスペランサ(希望)の善に当たる事なり。これ即ちキリシタンに、デウス(天主)より與へ給ふべしとの御約束の事なり。これらの儀を知らずんば、難儀に遭うべき時、頼む処無しと思ひて、ココロを失ふ事も有るべし。これまた、アニマ(魂魄)の大なる障りなり。

身持ちを以て勤むべき事とは、カリダアデ(愛徳)の善に当たる事なり。これらの事を心得ざれば、デウスの御掟を背く事度々有るべし。

それによって、この三の善に当たる事、キリシタンの爲にもっぱらなる事なり。故に学者と名を得られたる善人達は、これらの儀につゐて數多の經を書き置き給ふものなり。

その内に肝要なる処を選び取って版に鏤(ちりば)め、迷ゐを照らす鏡と為すべし。
然からば、後生の爲にもっぱらなる事をキリシタンに教えん爲に、コンパニア(子組)の司より、この小さき經に備へ給ふものなり。名付けてドチリイナキリシタン(キリシタンの教理)と云ふ。
これ即ちキリシタンの教えと云ふココロなり。

上下萬民に、容易くこの旨を知召んが爲に、コトバは賊の耳に近く、儀は天命の底を極めるものなり。これによって理を速やかに弁えんが爲に、師・弟子の問答と為して連ぬるものなり。
さればこのドチリイナは、一切のキリシタンの爲に安心決定の一道なれば、誰しもこれを知り弁えん事もっぱら要なり。然るに於ゐては、迷ゐの闇を逃れ、眞の光に基づくべし。

目録

第一ドチリイナ

第二キリシタンの御しるしとなる、貴きクルス(十字架)の事

第三パアテルナウステル(主の祈り)の事

第四アベマリヤ(おめでとうマリヤ)の事

第五サルベレジイナ(聖母賛歌)の事

第六ケレド(信条)の事。付、ヒイデスのアルチイゴ(箇条)の事

第七デウスの御掟の十のマンダメントス(十戒)の事

第八九御母サンタヱケレジヤ(聖教会)の御掟の事

第十七のモルタル(大罪)科の事

第十一サンタヱケレジヤの七のサカラメント(秘蹟)の事

第十二この別キリシタンに当たる肝要の條々

 

左に†の下に有るべき言葉は、ラチン(ラテン語)の口と心得るべし。

 

第一 ドチリイナ

キリスト


師:キリシタンの御掟は眞實の御教えなれば、キリシタンになる者は、その謂われを聽聞する事肝要なり。その御掟の事を聞かれけるや。
弟:†カテキズモ(教理学習)を聽聞して、道理の光を蒙り、キリシタンになるものなり。

キリスト


師:分別せられける事は如何に。
弟:分別せし事多きなり。

師:その旨悉く云はるゝに及ばず。ただその御分別のほどを知る爲に、第一肝要の題目を申されよ。
弟:一には、無き処より天地を在らせ給ふ御創者デウスは、御一體のみにて在りますなり。これ即ち、我らが現世後世共に叶ひ給ふ御あるじなり。この御一體を拝み貴び奉らずしては、後生の御扶けに預かる事、更に無し。また、この後生の道はキリシタンの御掟のみに極まるなり。それによってキリシタンに成らずんば、後生を扶かる事有るべからずと分別しぬ。

師:人間の事をば、何と分別せられけるぞ。
弟:人間は色身ばかりにあらず。削(そぐ)る事無し無きアニマを持つなり。このアニマは色身に命を與へ、例え色身は土灰となると雖も、このアニマは終はる事無し。ただ善惡に隨ひて後生の苦楽に預かるものなり。

キリスト


師:良く分別せられたり。カテキズモの談儀の理より別にも、キリシタンの知らずして適はざる事多きなり。
弟:その儀を承ればこそ、御教え他に預かりたきと存ずるなれ。

師:これ我らが願ふところなり。まづキリシタンに成らるゝ事は、如何なるヒトの仕業とか知れるや。
弟:デウスの†ガラサ(恩寵)を以てキリシタンになるなり。

キリスト


師:デウスのガラサを以てとは何事ぞや。
弟:その儀を細かに分別せず。願はくは教え給へかし。
師:デウスのガラサを以てとは、我が身、父母御作の物の力にあらず。ただデウスの御†ボンダアデ(意志)と御慈悲と、また、御あるじゼズキリシトの御功力を以て、キリシタンに成る事なり。

弟:人々キリシタンに成らるゝ時は、何たる位(くらい)を受けらるゝぞ。
師:†ベンサン(祝福)の子。デウスの御養子。天の御譲りを受け奉る身と成るものなり。その故は、†バウチズモ(洗礼)を授かる人々をこの位に上げ給はんと思し召すによってなり。

キリスト


弟:キリシタンにあらざるヒトは如何に。
師:バウチズモを授からざるによって、御養子と成し給はず。天の御譲りを放し給ふものなり。

弟:キリシタンとは何事ぞや。
師:御あるじゼズキリシトの御教えを心中に、ヒイデスに受けるのみならず、コトバを以ても表すヒトなり。

弟:何の故にか、御あるじゼズキリシトの御教えをヒイデスに受け、コトバを以て表すヒトとは云はれけるぞ。
師:諸々のキリシタン、御あるじゼズキリシトの貴き御事を心中に、ヒイデスに受けずして叶はぬのみならず、死すると雖も、コトバにも身持ちにも表すべきとの覚悟有る事もっぱらなり。

弟:キリシタンと云ふは、何を象(かたど)りたる名ぞや。
師:†キリシト(キリスト)を象り奉るなり。

弟:キリシトとは、如何なる御あるじにて坐すぞ。
師:實の神、實のヒトにて御坐ますなり。

キリスト


弟:實の神にて御坐ますとは何事ぞや。
師:萬事叶ひ給ふデウスパアデレ(父なる神)の、眞の御独り子にて坐すなり。

弟:眞のヒトにて坐すとは如何に。
師:貴き†ビルゼン(乙女)ダウミナ(母)サンタマリヤ(聖マリヤ)の眞の御独り子にて坐すなり。それによって、神にて坐す御所は、天に於ゐて御母を持ち給はぬ如く、ヒトにて坐す御所も、地に於ゐては御父を持ち給はぬなり。

キリスト


弟:何によってかキリシトとは唱へ奉るぞ。
師:キリシトとは、貴き†ヲゝレヨ(聖油)を塗られ給ふと云ふココロなり。
その上、†モナルカ(帝王)、†サセルダウテ(司祭)、†ポロヘヱタ(預言者)、この三樣のヒト、貴きヲゝレヨを塗られ給ひしなり。御あるじゼズキリシト、ヒトにて御坐ます御所は、モナルカの中のモナルカ、サセルダウテの中のサセルダウテ、ポロヘヱタの中のポロヘヱタにて坐すによって、件(くだん)のヲゝレヨの代はりに†スピリツサント(聖霊)のガラサを充ち満ちて持ち給ふによって、†ベアト(聖人)と唱へ奉るなり。

キリスト

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