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第二 キリシタンの御しるしとなる、貴きクルスの事

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師:何れのキリシタンも、我らが光なる御あるじゼズキリシトの貴き御クルスに對し奉って、ココロの及ぶほど信心を持つべき事もっぱらなり。その故は、我らを科より逃し給はん爲に、かのクルスに架かりたく思し召し給ふものなり。それによって、我らが上にクルスの御しるしを常に唱ゆる事肝要なり。クルスの文は三処に唱へるなり。

一には、額。
二には、口。
三には、胸なり。

弟:キリシタンの御しるしとは何事ぞや。
師:右に云ひし如く、貴き御クルスなり。

キリスト


弟:その故如何に。
師:我らが御あるじゼズキリシト、クルスの上にて我らを解脱し給ふによってなり。

キリスト


弟:解脱とは何事ぞや。
師:自由の身となる事なり。

弟:何たるヒトが自由になるぞ。
師:囚われヒト、既に奴(ヤッコ 奴隷)の身と成りたる者が自由に成るなり。

弟:さては我らは囚われヒトと成りたる身か。
師:なか/\囚われたる奴なり。

弟:何たる者の奴に成りたるや。
師:天狗(サタン)と、我らが科の奴なり。御あるじの御言霊に、科を犯す者は天魔の奴なりと宣ふ由、見えたり故に、如何にとなればヒト、モルタル科を犯せば、天狗、即ちその者を進退するが故に、奴と成りけるものなり。然るにクルスに架かり給ふ道を以て、定め給ふガラサを以て、そのヒトの諸々の科を逃し放し給ふによって、そのクルスの御功力を以て、御あるじゼズキリシト、天魔の奴と成りたる所を受け返し給ふと申すなり。さればヒトの奴と成りたる者を受け返して、解脱自由に為す事は、眞に深き忍なり。尚また、奴なりし時の主人、情け無く当りたるほど、受け返されたる忍も深きものなり。然るに我らが御あるじゼズキリシト、天狗の手より科人(とがびと)をガラサを以て取り返し給ふ事、自由に為し給ふ御忍の深き事、幾十許(ゐくそばく)の事ならんや。

キリスト


弟:キリシタンはクルスを幾樣に唱ゆるぞ。
師:二樣に唱へるなり。

一には、†ペルシイナル(十字を切る)と云ふ。
二には、†べンゼル(加持祈祷)と云ふなり。

弟:ペルシイナルとは何事ぞや。
師:右の大指にて、クルスの文を額と口と胸に唱ゆるなり。

弟:その三の文を唱へる時は、何たる事を申し上げるぞ。
師:「†ぺルシイヌンサンテクルシスデイニミチスナウスチリスリべラナウスデウスナウステル」

このコトバのココロは、「我らがデウス、サンタクルス(聖十字架)の御しるしを以て、我らが敵を逃し給へ。」と云ふココロなり。
ぺルシイヌンサンテクルシスの一句を唱へて、額にクルスを結ぶなり。
デイニミチスナウスチリスの一句には、口にクルスを唱へるなり。
リべラナウスデウスナウステルの一句には、胸にクルスを唱ゆるなり。

弟:額と口と胸とこの三処にクルスを唱へる事は何たる仔細ぞや。
師:額に唱へる事、デウスより妄念を除け給はん爲なり。

口に唱へる事は、惡に妄語を口より逃し給はん爲なり。また、胸に唱へる事は、ココロより出る惡しき所作を逃し給はん爲なり。

天魔はクルスほど畏れ奉る事無し。その故は、†スピリツ(霊)なれば、刀剣矛盾(とうけんむじゅん)も彼に用ゆる道無し。然れども御あるじゼズキリシト、クルスの上にて死に給ふを以て、彼らをば搦め置き給ひ、ヒトを自由に為し給へば、彼に近付かんとする者より別に仇を為す事適はぬ樣搦め給ふによって、大きにクルスを畏れ奉るなり。譬えを以てこれを云はば、繋がれたる虎狼(ころう)は、彼らが側に寄る者にのみ喰ゐ付くが如く、御あるじゼズキリシト、クルスの上に於ゐて天狗を搦め給ひてより後は、科を以て天狗の側に寄る者にのみ仇を為すなり。何れのモルタル科なりとも、犯す時は天狗の側に立ち寄り、科を捨てんとする時、天狗の側より退くなり。これらの事みな、クルスにて死に給ふ、御あるじゼズキリシトの御功力を以て出來たると、天狗は良く知りたるによって、大きにクルスを畏れるなり。

キリスト

キリスト


サンゼラウニモ(聖ヒエロニムス)宣わく。「犬は打たれたる杖を見て畏れて逃ぐる如くなり」と。
サンゲレガウリヨ(聖グレゴリウス)、或ゐはジュデヨ(ユダヤ人)につきて宣ふは、「それヒイデスをも持たず、クルスをも用ゐず、却って蔑(なゐがし)ろにすると雖も、或ゐは時數多の天狗群がりたる所に入り、大きにそれ、仇を為されじが爲に、予てより身の上にクルスの文を唱へければ、天狗即ち仇を為さんとすれども、遂に適はざりし」となり。
然ればヒイデスを對せざる者さへ、クルスを唱へて天狗を逃がしけるに、善きキリシタンの唱へ奉らば如何に有るべきや。

キリスト


弟:ペルシイナルと云ふ唱へは聽聞せり。べンゼルと云ふ唱へ樣を教え給へ。
師:右の手を以て額より胸まで、左の肩より右の肩までクルスの文を唱ゆるなり。

口にて唱へる文は、「†インナウミネパアチリスヱツヒイリイヱツスピリツスサンチアメン」
このココロは、「デウスパアデレ、ヒイリヨ(息子)、スピリツサントの御名を以て」と申すココロなり。

インナウミネパアチリスと唱へる時は、手を額に指し、ヱツヒイリイと申す時は、手を胸を指し、ヱツスピリツスと云ふ時は、左の肩、サンチと云ふ時は右の肩に手をやるなり。

キリスト


弟:かのべンゼルの唱へは何の爲ぞ。
師:我らを御写しに創り給ふデウスパアデレ、ヒイリヨ、スピリツサント、三の†ペルサウナ(個性)、御一體のデウスを現し申し奉る爲なり。

弟:その他に別の仔細有りや。
師:御クルスにて、我らを救ゐ給ふ事を表し申す爲なり。

弟:その御しるしをば、如何なる時に唱べきや。
師:萬の事を始める時と、難儀に遭う時中にも、寝樣起き樣、我が宿よりゐて、或ゐはヱケレジヤ(教会)へ入る時、または食ゐ物飲み物の時唱へるなり。

弟:その御しるしを度々に唱へる事は何事ぞ。
師:デウス、我らを敵の手より逃し給はん爲なれば、何時も何たる処にても唱へるなり。

弟:所作を始める時、唱へる事は何たる仔細ぞや。
師:その所作を我らが敵より妨げらるまじき爲、また、その所作は、デウスの†グロウリヤ(栄光)と成り奉る爲なり。

弟:我らが敵とは何たる者ぞ。
師:世界。天狗。色身。是なり。

弟:この三の事を、何しに人間の敵とは云ふぞや。
師:敵とは、アニマに頻りに科犯さする事適はねども、惡を勧め、また、その道に、引き傾くる事適うによってなり。

弟:かの三樣の敵より起こす†テンタサン(誘惑)を、デウス止め給はぬ事は如何に。
師:それと敵對、デウスの御合力を以て理運を開き、また、その理運の、御繁昌を與へ給はん爲なり。

弟:天狗は何と樣にテンタサンを勧むるぞ。
師:ココロに惡念を起こし、また、科に堕つる便りとなるべき事を、その前に置くものなり。

弟:その惡念をば何と樣に防ぐべきぞ。
師:その道は多きなり。中にも三有り。

一には、惡念起こる時。善念に引き替ゆる事。
二には、胸にクルスの文を唱へる事。
三には、バウチズモの水を頭に注ぐ事。是なり。

弟:惡の便りとなる因みを、何と防ぐべきぞ。

師:一には、因みに逃ぐる事。
二には、オラシヨ(祈り)する事。
三には、善き意見を聞く事。是なり。

弟:世間を敵と云ふは、世間は我らが爲には何たる物ぞ。
師:世間にする惡行惡事、また、惡人を名付けて世間と云ふぞ。

弟:世間は何と樣にテンタサンを勧むるぞ。
師:右に申せし惡行惡事と、または惡人の惡しき†ザウタン(雑談)以下を思ひ出さするものなり。

弟:これらの儀を防ぐ道は如何に。
師:その道はデウスの御掟と、御あるじゼズキリシトを始めとして、善人達の御作業を思ひ出す事なり。

弟:色身を敵と云ふは何事ぞ。
師:受け続く物の科によって、惡しき生得のこの色身を云ふなり。その上自ら犯したる科によって、惡しき癖の充満したる所を指して斯く名付くなり。

弟:この色身は、何とテンタサンを勧むるぞ。
師:身に有る惡しき生得と惡しき癖を以て、科に傾くるものなり。

弟:その惡しき生得と惡癖は何事ぞ。
師:心中に起こる妄りなる望みなり。これ即ちココロを眩まして惡を見知らぬ樣にするものなり。それと云ふは、身の深き望みと頼もしきと、愛すると憎むと、喜びと悲しみと、畏れと怒りなどの事なり。

弟:キリシタンの唱へる事は何事ぞや。
師:貴きゼズ(イヱス)の御名なり。

キリスト


弟:その故如何に。
師:ゼズとは、御扶手(おんたすけて)と申すココロなり。それによって、我らが難儀大事の時節、御済度利益有るべき爲に、ゼズの貴き御名を唱へ奉るなり。故(かるがゆへ)に、ゼズの貴き御名を唱へ聞き奉る時、深く敬ゐ奉るべし。

第三 パアテルナウステルの事
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