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第三 パアテルナウステルの事

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キリスト


師:†ラウマ(ローマ)のサンタヱケレジヤより教え給ふオラシヨを教ゆべし。次にまた、信じ奉るべき條々と、また、勤むべき行儀をもたらすべきなり。これ即ちパアテルナウステル、アベマリヤ、サルベレジイナ、ケレド十ヶ條のマンダメントス(十戒)と、サンタヱケレジヤのマンダメントス(戒律)に込もるなり。このみな忽(ゆるがせ)なくして一反に神事勤め奉るべきなり。

弟:善惡の差別を弁ゆるほどの年頃なるキリシタンは、何事を知って肝要なるぞや。
師:三樣の事なり。

これはデウスへ物を良く頼み奉り、
また、良く信じ奉り、
また、善き所作を為す道を知る事なり。

弟:デウスに物を良く頼み奉る道を何と知るべきや。
師:パアテルナウステルを以て知るべし。

弟:達して信じ奉るべき樣をば、何と知るべきや。
師:ケレドか、ヒイデスのアルチイゴかを知る事なり。

弟:行儀を正しく勤むる樣をば、何と知るべきぞ。
師:行儀を良く修むる道と云ふは、保つ爲にはデウスの御掟のマンダメント(戒律)と、サンタヱケレジヤのマンダメントを知り、また、退くべき爲には、七のモルタル科を知る事なり。

弟:正しく信じ、良く頼み奉り、また、身持ちを良く修むる爲には、この三樣の事より他に別の肝要なる儀有りや。
師:なか/\肝要なる儀有り。これ即ち†ソウベレナツラル(超自然)の†ダウネス(賜物)とて、デウスより直に與へ給ふ三の善なり。

正しく信ずる爲には、ヒイデス。
良く頼み奉る爲には、ヱスペランサ。
身持ちを良く修むる爲には、カリダアデ。是なり。
されば良く頼み奉る爲には、パアテルナウステルのオラシヨを知る事肝要なる儀なれば、今教ゆべし。

「天に御坐ます我らが御親。御名を貴まれ給へ。御代來り給へ。天に於ゐて御ボンダアデのまゝなる如く、地に於ゐても在らせ給へ。我らが日々の御養ひを、今日與へ賜び給へ。我らより負ひたるヒトに赦し申す如く、我ら負ひ奉る事を赦し給へ。我らをテンタサンに放し給ふ事無かれ。我らを兇惡より逃し給へ。アメン。」

キリスト


弟:今教え給ふパアテルナウステルのオラシヨは、誰人の作り給ふぞや。
師:忝(かたじけ)なくも、我らが御あるじゼズキリシトの直に教え給ふオラシヨなり。

弟:何の爲ぞや。
師:オラシヨを申すべき樣を教え給はん爲なり。

弟:オラシヨとは何事ぞ。
師:オラシヨは、我らが念を天に通じ、御親デウスに申し上げる望みを叶へ給ふ道橋なり。

弟:デウスは何処に御坐ますぞや。
師:天地何処にも御坐ますなり。

キリスト


弟:パアテルナウステルを申す時、何れのコトバにて我らが念をデウスに通じ奉るぞや。
師:第一句目の、天に御坐ます我らが御親と云ふコトバなり。

弟:「御あるじ」と申さずして、「御親」と申す事は何事ぞや。
師:御親と呼び奉るを以て、我らを大切に思し召す事を思ひ出し、頼もしきココロを以て乞ひ奉る爲なり。

弟:我が御親とは申さずして、何とて我らが御親とは呼び奉るぞ。
師:「みなヒト兄弟にて、善き御親の子なり」と思ひ取りて、互ゐに大切に思ひ合はん爲なり。

弟:デウスは天に御坐ますとは何事ぞや。
師:我らが御親も、我らが楽しひも、共に天に在りと思ひ出すを以て、この世界の事を思ひ捨つべき爲なり。

弟:右にはデウスは何処にも御坐ますと教え給ひて、今また、天に御坐ますとは何事ぞや。
師:デウスは何処にも御坐ますと雖も、選び出し給ふ善人達に尊躰を直に見せ給はん爲に、天上を定め給ふによってなり。

キリスト


弟:我らが願ひをば、何たるコトバを以てデウスへ申し上ぐべきぞ。
師:相続く残りのコトバを以てなり。

弟:相残るコトバを以ては、何事を頼み奉るぞ。
師:七ヶ條の儀なり。

弟:それは何々ぞ。
師:第一は、御名を貴まれ給へと云ふ儀なり。このココロはデウスの御名とグロウリヤ、世界に広まり給ひ、一切人間の御親デウスと、その御子、御あるじゼズキリシトを見知り奉り敬ゐ貴び奉る樣にと云ふココロなり。

弟:第二ヶ條目には、何事を乞ひ奉るぞ。
師:御國來り給へと云ふココロなり。このココロは惡事と罪科を逃れ、ただデウスと御身の御子なるゼズキリシト(イヱスキリスト)、現世に於ゐてはガラサ、後生に於ゐてはグロウリヤを以て我らを進退し給へと云ふ儀なり。

弟:第三の乞ひ奉る事とは何ぞや。
師:天に於ゐて御ボンダアデのまゝなる如く、地に於ゐても在らせ給へとの儀なり。このココロは、天に於ゐて諸々の†アンジヨ(天使)、デウスに隨ひ、御ボンダアデを勤めらるゝ如く、地に於ゐても一切人間、デウスに隨ひ、貴き御ボンダアデのまゝに仕へ奉れかしと云ふ儀なり。

キリスト


弟:第四ヶ條には、何事を乞ひ奉るべきや。
師:日々の御養ひを、今日も與へ賜び給へとの事なり。このココロは、アニマの爲に日々の御養ひを與へ給へと乞ひ奉るなり。これ即ち貴き†ヱウカリスチヤ(御聖体)のサカラメントとガラサ、善†スピリツアルドンヱス(宗教上の難行)などの事なり。また、色身の息災と、命を嗣ぐべき爲に、要るほどの事を與へ給へと乞ひ奉る儀なり。

弟:第五ヶ條には、何事を乞ひ奉るべきぞ。
師:我らより負ひたるヒトに赦し申す如く、我ら負ひ奉る事を赦し給へと。このココロは、我れに對してヒトより掛けらるゝ恥辱、または緩怠以下を赦す如く、我らがデウスに對し奉りて、犯す科謝りを赦し給へと頼み奉る儀なり。

弟:それならば、†ポロシモ(隣人)に對して持つところの遺恨を捨てずんば、我らが科を赦さるゝ事有るまじきや。
師:なか/\その分なり。御あるじゼズキリシト宣ふは、「我がポロシモに罰しての遺恨を捨てずんば、天に御坐ます我が御親、そのヒトの科を赦し給ふ事有るべからず」と。

弟:然らばヒトより掛けらるゝ恥辱を赦さゝる者は、この貴き御言霊を申す時、我れに掛けらるゝ恥辱を赦さぬ如く、我らが科をも赦し給ふべからずと申すココロなるによって、このオラシヨを申す事叶うまじきや。
師:その儀にあらず。我がポロシモの恥辱を赦さぬほどの慳貪(けんどん)なるヒトなりと雖も、このオラシヨを申す事もっぱら要なり。その故は、このオラシヨを以て、ヒトに對しての遺恨を捨つる爲の御功力なるガラサを乞ひ奉るによってなり。その上、サンタヱケレジヤの御子と申し奉る善人達、ヒトより掛けたる恥辱を赦し給ふ如く、我らが科を赦し給へと申すココロなれば、右のオラシヨを申し上げる事も、我が身の仇となるにはあらず。

弟:第六ヶ條には、何事を乞ひ奉るぞ。
師:テンタサンに差し放し給はざれと云ふ事なり。このココロは、この世界に於ゐてテンタサンに責めらるゝとも、それに負けぬ樣にデウスのガラサを頼み奉るココロなり。

弟:第七ヶ條には何事を乞ひ奉るべきぞ。
師:兇惡を逃し給へと云ふ事なり。このココロはアニマの仇となる科と、色身の災ゐを逃し給へと云ふココロなり。

弟:パアテルナウステルに優りたるオラシヨ有るや。
師:これに優りたるオラシヨは別に無し。これ最上のオラシヨなり。

弟:その故如何に。
師:デウスに乞ひ奉るべきほどの肝要なる條々を、このオラシヨに込め給ひて、御あるじゼズキリシト、御弟子達に教え給ふオラシヨなればなり。

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