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第八 九 御母サンタヱケレジヤの御掟の事

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弟:デウスの御掟のマンダメントをば、早表し給ひぬ。今また、サンタヱケレジヤのマンダメントとは如何に。
師:ヱケレジヤのマンダメントは多きなり。その内に、マンダメントによって総のヱケレジヤに当たる事も有り。

これ即ち†コンシイリヨ(考慮)か、または世界に於ゐて、御あるじゼズキリシトの御名代にて御坐ますパツパ(教皇)の御定めのマンダメントなり。

これ一切のキリシタン、保たずして叶はぬマンダメントなり。

また、その所に隨ひて定まりたるマンダメントも有り。
これはその所の†ビスポ(司教)より定め給ふなり。

これ、その所のキリシタン保たずして叶はぬマンダメントなり。
総のヱケレジヤに当たる數多のマンダメントの中に、取り分き五ヶ條挙げらるゝなり。

第一、ドミンゴ(日曜日)、ベアト日に、ミイサを拝み奉るべし。
第二、責めて年中に一度、†コンヒサン(罪の告白)を申すべし。
第三、†パスクハ(復活祭)に、ヱウカリスチヤのサカラメントを授かり奉るべし。
第四、サンタヱケレジヤより授け給ふ時、†ゼジユン(断食)を致し、†セスタサバト(セスタヘリヤ(聖金曜日)とサバト(土曜日))に肉食すべからず。
第五、†ヂズモスヒリミシアス(最初の十分の一の税)を捧ぐべし。

キリスト


弟:第一のマンダメントをば、何と分別すべきぞ。
師:煩ゐか、またはミイサを拝み奉る事が適はぬほどの仔細無き時は、サンタヱケレジヤより祝ゐ給ふ日に、一心不乱にミイサを初めより終はりまで拝み奉るべしとの御定めなり。

弟:サンタヱケレジヤより、祝ゐ給ふ日は何れぞや。
師:年中のドミンゴと、その他所のビスポより触れさせらるゝ祝ゐの日の事なり。かるがゆへに日本國にても、キリシタンの司より触れ給ふ祝ゐの日を守るべし。

弟:ミイサとは何事ぞ。
師:御あるじゼズキリシトの御色身と御血と共に、†サキリヒイシヨ(犠牲)して、デウスパアデレに生きたるヒト、死したるヒトの爲に捧げ奉らるゝサキリヒイシヨなり。
これ即ち御あるじゼズキリシトの御一生涯の御所作と、御†パッション(受難)を思ひ出させ給はん爲に定め置き給ふものなり。
それによってキリシタンは、ミイサを拝み奉る時、御あるじの御パッションを観念し、謹んで拝み奉るべし。これらの儀は、左にヱウカリスチヤのサカラメントに付けて、沙汰せん時表すべし。

キリスト


弟:一心不乱にミイサを拝み奉る爲には、何の事か便りとなるべきや。
師:その便り多き中に、ミイサの内に物云はず。また、ココロを散乱さするほどの事を止むる事なり。

弟:パーデレ(伴天連)、†サンチシモサカラメント(至聖なる秘蹟)を人々に拝ませ給ふ時のオラシヨ有りや。
師:なか/\有り。御あるじゼズキリシト、サンタクルスの上に於ゐて世界を扶け給ふによって、恭敬礼拝し奉る。我らが科を赦し給ひ、頼み奉ると申すオラシヨ。是なり。

キリスト


弟:†カリス(聖杯)を拝ませ給ふ時は、何れのオラシヨを申されけるぞ。
師:一切のヒトを扶け給はん爲に、クルスの上にて流し給ふ御あるじゼズキリシトの貴き御血を拝み奉り申すオラシヨ。是なり。

弟:このミイサの貴きサキリヒイシヨは、如何なる心当てを以て捧げ奉るゝや。
師:その心当ては三有り。

一には、御恩の御礼として捧げ奉るなり。
二には、我らが科の賠(つくの)ひとして捧げ奉るなり。
三には、尚彌(ゐやまし)に御恩を受け奉らん爲に捧げ申すものなり。

弟:ミイサのサキリヒイシヨは、如何なるヒトの徳となり給ふぞ。
師:世界に生き長らゆるヒトの爲ばかりにあらず。プルガトウリヨに入らるゝアニマの爲にも、大きなる便りとなるものなり。それによって、生死のヒトの爲にミイサを拝み行はせ奉る事は、大きなる功力となるなり。

弟:第二のマンダメントは、何と弁ゆるべきぞ。
師:善惡を弁ゆるほどの年齢なら、キリシタンは、何れもヱケレジヤの御定めの如くコンヒサンを聞き給ふべき。パーデレ在り遭ひ給はん時、責めて一年に一度、クハレズマ(四旬節)にコンヒサンを申すべし。もしパーデレ在り遭ひ給はぬか、または聞かるゝ事適わずしてコンヒサンを申さずは、このマンダメントを背くにあらず。

弟:何とて、責めて一年に一度とは宣うぞ。
師:サンタヱケレジヤよりは、度々科に堕つる如く、コンヒサンをも度々申せと望み給へども、責めて一年に一度二度と定め給ふものなり。
その故は、身の繁く穢るゝ度ごとに浄むる如く、アニマも惡を以て度々穢るゝによって、度々コンヒサンを申して浄むべき事もっぱらなり。
また、死する難儀に及ばん時と、貴きヱウカリスチヤを授かり奉らんと思ひ立つ時、コンヒサンを申すべし。
これ即ちモルタル科を犯しけると明らかに弁え、または疑うココロ有るに於ゐては、デウスの御定めに隨ひてコンヒサンを申すべきなり。

弟:コンヒサンを聞き給ふパーデレ、在り遭ひ給はん時とは何事ぞ。
師:パーデレそこに居遭ひ給はぬか、または在り遭ひ給ふと雖もキリシタン多きが故に、各々一度にコンヒサンを聞き給ふ事適はざるに於ゐては、年中に一度コンヒサンを申さずとも、このマンダメントを背くにはあらず。然り乍ら適ふべき時はコンヒサンを申すべし。

弟:達してコンヒサンを申す爲にもっぱらなる事は何ぞや。
師:もっぱらなる事三有り。

一には、遜る事。
二には、眞實正直に表す事。
三には、科を残さざる事。是なり。

弟:何と樣に遜るべきや。
師:コンヒサンを申すヒト、我が心中に「惡人なり」と思ひ、科の御赦しを蒙るべき功力無しと弁え、デウスの御前に素直に申し上げ奉ると心得、深き敬ゐ畏れを以て後悔し、我れと身の訴へ手と成りて、我が科を懺悔すべし。

弟:眞實正直にと有るは如何に。
師:我が犯さぬ科を現さず、また、恥ずかしく思う故か、または何たる仔細によりてなりとも我が科を隠さず、明らかに懺悔し、未だ思はず、または思はんとする事までも知召し尽くし給ふデウスへ素直に表し奉ると心得るべし。

弟:モルタル科を残さずとは如何に。
師:我が身の†コンシヱンシヤ(良心)を細かに糾明して、思ひ出すほどの科を懺悔する事なり。

弟:コンシヱンシヤを良く糾明する爲に近道有りや。
師:なか/\有り。まづ我が超し難ゐたる所と、散会したるヒトと、為したる所作と、同じく至る所にては、何たる事を云ひけるぞと云ふ事を思案する爲の暇を定め、御掟のマンダメント、ヱケレジヤのマンダメント、七のモルタル科、十四の慈悲の所作につゐて、謝り有りや否やを糺すべし。これ第一肝要の事なれば、忽(ゆるがせ)なき樣に覚悟すべし。

弟:第三のマンダメントをば、何と分別すべきぞ。
師:貴きヱウカリスチヤに御あるじゼズキリシト御坐ます事を弁え、貴み奉るほどの知恵有るキリシタンは、何れもパスクハの善の後に、ビスパアド(司教区)の御法度に任せ、一年に一度ヱウカリスチヤを受け奉るべしとの儀なり。然れどもそれは、†コンヘサウル(聴罪司祭)の御同心を以ての儀なるべし。

弟:第四のマンダメントをば何と弁ゆるべきや。
師:ゼジユンを止むるほどの仔細無くんば、何れのキリシタンも、甘二歳よりクハレズマ式のゼジユン、また、ヱケレジヤより御授けの日、ゼジユンを致すべしとの儀なり。

弟:ゼジユンを止むるほどの仔細とは、如何なる事ぞ。
師:その仔細は多きなり。

一には、ゼジユンをする爲に力を楚ゆるほどの明日の食事無き時は、ゼジユンをせずともマンダメントを破るにはあらず。
二には、辛労(しんらう)なる所作をするか、病に冒さるゝか、または力無き時か、懐妊の女人か、同じく乳飲み子を育つる女か、また、試しを以てゼジユン、身の仇となると憶ゆる時は、ゼジユンせずとても苦しからず。これらの仔細多きによって、コンヘサウルへ尋ね申すべし。

弟:第五のマンダメントは如何に。
師:所の堅気に隨ひて、ビスポへ生業の中を続くべしとの儀なり。

弟:この科の御赦しを蒙る道は如何に。
師:何たるサカラメントなりとも授かり、ミイサを拝み、謝りのオラシヨを申し、ビスポのベンサンを受け、†アグハベンタ(聖水)を注ぎ、後悔を以て胸を打ち、信心を以てパアテルナウステルのオラシヨを申し、その他、何たる所作にてもあれ、コンチリサン(完全な痛悔)の御しるしとなる事をする時は赦し給ふなり。

キリスト


弟:惡の根本となる、右の科を退くべき爲の便り有りや。
師:數多の便り有り。この七の科に向かふ七の善有り。その他、アニマの三のポテンシヤ、色身の†センチイドス(感覚)を守る嗜み。是なり。

弟:その七の科に向かふ善は何れぞや。

師:一には驕慢(きょうまん)に向かう†ウミルダアデ(謙遜)。
二には貪欲(どんよく)に向かう†リベラリダアデ(寛容)。
三には邪淫(じゃいん)に向かう†カスチダアデ(貞潔)。
四には瞋恚(しんに)に向かう†パシヱンシヤ(忍耐)。
五には屯食(とんじき)に向かう†テンペランサ(節制)。
六には嫉妬(しっと)に向かう†カリダアデ。
七には懈怠(けたい)に向かうデウスの御奉公に勧む†ヂリゼンシヤ(熱心)。是なり。
この懈怠と云ふは、デウスの御奉公の爲に、妄りなる悲しひ退屈の事なり。

弟:アニマの三つのポテンシヤとは何事ぞ。

師:一には、過ぎし事を思ひ出すメモウリヤの精。
二には、物を知り弁ゆるヱンテンヂメントと云ふ精。
三には、憎み合ゐするに傾くボンダアデと云ふ精。是なり。

弟:何とてこれを、アニマのポテンシヤとは云ふぞ。
師:アニマに備はる三のナツラル(自然)精なる故なり。これはこの身を離れて後も、アニマに伴ひ行くものなり。これを以て即ち後生の苦楽を受ける道具となるなり。

弟:色身のセンチイドスは幾つ有りや。
師:五有り。これ即ち眼耳鼻舌身の事なり。

野口整体


弟:これを何とて、†コルホラルセンチイドス(身体感覚)とは云ふぞや。
師:これ即ち身に伴ふ物なるが故に、身の削ると共に削るものなり。

第十 七のモルタル科の事
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